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村づくりを担う在来柑橘「くねぶ」 1人の村人から始まったモノがたり

山里で受け継がれる幻のみかん

五木村の家々の庭先には、古くから「くねぶ」「くねんぼ」と呼ばれるみかんの木があり、人びとに利用されてきた。

収穫期は10月下旬から12月初め。柑橘特有のさわやかな香りがあり、柚子に比べると酸味が少なく、わずかな甘みを含む豊富な果汁が特徴。焼酎や酢の物に絞ると風味が良く、醤油と合わせてポン酢にすると白菜漬けや鍋によく合う。生の果実は皮がそれほど苦くないため、昔は学校帰りの子どもたちが皮ごとかじっておやつ代わりだったという。

「五木らしい」特産品作りに期待を込めて

高野地区の岡本正さんがそんな「くねぶ」に着目したのは、今から20年ほど前。まだ役場職員だった頃。
農業や産業振興を担当してきた岡本さんは、村の特産品開発に活かせる食材は無いかと考えていた。柚子も考えたが、他の地域ですでに特産化した事例がある。もっと五木らしいもの、五木にしかないものをと考えた時、ふと昔から暮らしの中にある「くねぶ」の存在に気づいた。

調べてみると、実は珍しい果実だと判明。元々インドシナ半島原産と言われ、数多くある柑橘類の原種の1つ。沖縄から日本に伝わりかつては広く栽培されていたが、温州みかんの台頭とともに徐々に減り、今では各地で細々と栽培されているのみという。人吉球磨地方にも少なく、希少性を活かしてオンリーワンの「五木らしさ」も打ち出せるのではと考えた。果汁や果皮を活かせば、加工品作りへと商品の幅を広げることもできる。

ところが村内を見回すと、くねぶは各家の庭先に1~2本ずつ残っている程度。時代と暮らしの変化の中で利用が減り庭先に放置されたままで、古い木が枯れても新たに植える人も無く、村でもくねぶは消滅の危機に瀕していた。

たった一人から始まったくねぶ栽培の試み

折しも、村の中心地に新たに道の駅が整備されることになり、「五木ならでは」の商品開発が急務と感じた岡本さん。試作品作りをするにも、まずはある程度の量の原材料を確保しなければ始まらないと考え、実家のあった折立(おりたち)地区の山に、500本ほどのくねぶの苗木を植えて、自費でくねぶ畑を整備した。

ところが、最初の数年間は失敗の連続だった。ちょうど村で鹿の食害が急増し始めた時期で、鹿除けネットを張ってもどこかから侵入されたり、ネットの穴をすり抜けて野ウサギや小動物が入ったり。幼木や葉が野生動物にかじられ、苗木の多くは枯れてしまった。対策を重ねようやく一定量の果実が収穫できるようになったのは、取り組み始めて5~6年たった頃。岡本さんは役場を退職し、道の駅子守唄の里五木は開業してすでに数年が過ぎていた。

岡本さんは収穫したくねぶを手に、村でカフェを経営する知人に相談。カフェではくねぶマーマレードやくねぶチーズケーキを開発し、お客さんに提供を始めると、柚子とも違うほろ苦さと風味が人気を呼び、メディアにも取り上げられるように。岡本さんはくねぶ商品の可能性に手応えを感じた。

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